「僕が話せるのは以上だ」
目の前に座る男は、不愉快そうに眉を寄せ、冷たい光を宿す瞳を向けそういった。憎しみと絶望が渦巻くその瞳だけで、目の前に座る者にどれほどの憎悪を向けられているか容易に想像できた。
視線だけで人を殺せるなら、自分はこの短時間の間に何度も殺されていただろう。この体に無数の刃が突き刺さり、この姿が原形をとどめないほどの矢に貫かれていただろう。
だが、残念ながら視線だけでは命を奪う事は不可能だ。その手を伸ばせばこの命を奪う事は容易いだろうにそれさえもできない。それはなぜか。簡単だ。この男の地位とその矜持ゆえ。友人を売ってまで手に入れた地位を一時の感情だけで手放すほど馬鹿ではなく、同じ死でも私刑ではなく、罪人として処罰される死刑が正しいと考えている以上手は出せない。個による裁きではなく国としての裁きを。それが正しい選択だと信じて疑わないから。
その馬鹿みたいな正義感のせいで、こんな面倒な茶番に延々と付き合わされるはめになっている事に気づいているのだろうか?もしかしたら気づいていないのかもしれない。
そして、そのせいで主の仇の世話をするはめになり、身体に障害を抱え衰弱した敵に同情し、過去の親愛の情を呼び起こされたことに気づいていないだろう。話の合間合間に感情に僅かなゆらぎが起きていた。殺したいほど憎んでいるのに、体と心は大丈夫なのかと心配している。スザクの優しさを知った上で利用しているのだ。あの男は。それが腹立たしい。
「つまり、俺の左目はえぐり取られ、左腕は切り落とされた訳か。そして皇帝はギアスで俺の記憶を作り替えて別人とし、この頭脳を使おうと考えたが、ナナリーを求める俺の心が偽りの記憶に抗い不具合が生じた。結果、俺は自分を取り戻した」
そう、この頭脳を惜しんだ皇帝は、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアという人格を消し去り、ジュリアス・キングスレイという皇帝に都合のいい人格を生み出そうとして失敗したのだ。だがそれをスザクは否定した。
「違う。一時的に元に戻されただけだ」
「戻された?違うな。ギアスで元の俺に戻る事はない。ギアスそのものを討ち消す方法を皇帝が持っているなら別だが、そうでない限りルルーシュ・ヴィ・ブリタニアに似せた新たな記憶と人格を上書きする以外に術はない。そして、上書きするのであれば、再びジュリアスを形成させるだろう。今度は入念にナナリーの情報を消すか、ナナリーの代わりの妹を用意してな。だが、それをしなかった。つまり俺は自力であの男のギアスを打ち破った、と言う事だ」
「自分の意思で悪魔の力を打ち破ることなど出来ない。思いあがるな」
先ほどよりも強い殺意を向けてくるスザクをルルーシュはあざ笑った
「何故出来ないと決めつける。なにが可能で、何が不可能かお前はすべて理解しているのか?お前にギアスの何が解る」
「・・・意思の力で解除など出来ない」
ユーフェミアが解除できなかったのだ。意思の力で悪魔に抗えるわけがない。もし可能だったのなら、彼女がそこまで拒絶しなかったことになってしまう。心のどこかに日本人を虐げる意思があり、彼らを虐殺する事も仕方ないと思う気持ちがあったことになる。だがそんな事はあり得ない。彼女が打ち消せなかったのだから、自力で解除は不可能だ・・・と言いたいのだろう。今もなお彼女が日本人を虐殺したという事実を受け入れ難く、それを口にする事が出来ないから、明確にそれを口にしない。・・・スザクの考えている事は手に取るようにわかった。
だから。
「いや、出来る。なにせこの俺は自力で解除できたからな。つまりギアスは万能ではない。強い思いで拒絶すれば、その力を消し去ることが可能だ」
「不可能だ。今お前が元に戻っているのは、陛下がそう書き換えたからだ」
「いや違うな。これは俺の意思だ。さっきも言ったが、俺にとってナナリーは俺の命よりも大切な存在。そのナナリーを俺から消し去ること自体無理があった。せめて代役を立てれば、もう少し安定しただろうが、それさえしなかった。愛するナナリーを思う俺の気持ちを甘く見た結果、俺は自分を取り戻した」
「違う!お前が自分を取り戻したのは、体調と精神の衰弱で危険だと判断した陛下が元に戻しただけだ!お前の力ではない!」
「だがその不調の原因は、俺が偽りの記憶にあらがった結果だろう?」
「違うと言っているだろう!」
ルルーシュが・・・いや、ジュリアスがナナリーを思い出していた事実は消せない。その場面を目撃している以上、否定しきれるものではない。だからルルーシュの言っている事はもしかしたら正しいのかもしれない。そんな迷いがあるからこそ、大声で否定する。
ルルーシュと自分の考えを否定するために。
そして、今にも殺しにかかってきそうなほどの殺意をぶつけてくる。
お前の存在が間違っていたんだ。
お前が居なければ。
お前の考えはすべて間違っているのだ。
会話を始めた頃僅かにあったこちらを心配するような感情はもう見えない。好意など欠片もない、どす黒い感情だけをまっすぐに向けられ、ルルーシュはようやく一息ついた。
予想通りの反応。
相変わらず、単純だ。
言われなくても、わかっているさ。
ユーフェミアがギアスに抗う姿を目の当たりにした自分が、誰よりもよく理解している。彼女がどれほど強い思いでギアスに抗ったのかを。人を傷つけることも、ましてや誰かを殺すことなどできるはずがない、優しいユーフェミア。その彼女でさえギアスを破ることが出来なかった。
そもそも、ギアスと言う能力には個人差がある。
能力そのものの差だけではなく、相手に与える影響力の差。
相手の脳を支配する力の差と言うべきか。
一方的に相手の思考を読むマオのギアスには、相手を支配するだけの力はなかった。相手の思考に合わせ追い詰め支配する事は可能だが、それには話術が必要で、ギアスだけの力では成立しない。
マオのギアスには使用制限が無く、その効果範囲は空間全域と広い。対象も数千、数万人となる能力は、相手の脳を支配し行動を強制する力は皆無だった。
反対に1度きりしか使用できず、相手の視覚を通すことでのみ効果を発揮し、対象は一度にせいぜい視界に入る数百人。相手が瞬きをしたり、目をそらしたり、あるいはサングラスを使用だけで無効化される。
この二つの能力を比較すえば、制限があればあるほどギアスが対象の脳に与える影響が増す事が容易に想像できる。
皇帝のギアスは何度もかけ直す事が可能。つまり、何度も使用できる半面その強制力は弱い。しかもジュリアスにギアスをかけたのは1度だけではない。重ねがけした分、ギアスの呪縛が緩む可能性もある。だから、解除が可能だった。
そして、1度しか使えない絶対遵守は解除は不可能かもしれない。
だがそれをスザクに教える必要はない。
ユーフェミアはギアスに抗わなかった。
抗ったとしても、日本人を殺すことに命をかけれるほど拒絶を示す事はなかった。
それを結論とする。
スザクが知るのはそれだけでいい。
それ以外は不要だ。
ユーフェミアの仇に向ける感情は、殺意だけで十分なのだから。